天職!トイレにかける物語
No.05 栃木県芳賀郡/アメニティ北関東(上)

 アメニティ北関東(本社・栃木県芳賀郡)社長の岩崎伸幸は、地元の工業高校を卒業後、
プラスチック製造会社で約15年勤務した後に、ダストコントロール(ダスコン)事業を
主業とするA社に転職した。そこで、初めて、トイレのプロフェッショナル集団である
アメニティのビジネスに出会うこととなる。

 A社は岩崎が入社したとき、既にアメニティとフランチャイズ(FC)契約を締結し、
ダスコン事業の一部にアメニティを取り込む形でトイレのメンテナンス事業を行っていた。

 現在のアメニティは、“専業“を加盟条件としているが、FC展開をスタートした当初
は“兼業“も可能としていたのだ。A社では、ビルメンテナンス営業に携わっていた岩崎
だが、部署こそ違えど、アメニティのトイレビジネスを傍らで観察していると、その専門
性や独自性の魅力、加えて、リピート率の高さに収益性の高さや将来性を感じたという。

 そこで岩崎は、A社の社長を説得し、アメニティ単独の事業部を立ち上げてもらい、軌
道に乗せたのだ。しかし、A社の事業領域(戦略)の変更によって、アメニティ事業部は
数年でやむなく閉鎖となってしまう。

 アメニティ事業の将来性を信じていた岩崎(当時39歳)は、そのままA社でサラリー
マン生活を続けるか、アメニティのトイレビジネスで独立すべきかという“人生の岐路“
に立たされる。安定を望む家族の猛反対にも遭ったが、岩崎は独立を決意する。

 また、岩崎の熱意を感じたA社の社長は、独立を快諾し、後押しまでしてくれて円満退
社。1997年10月、岩崎は改めてアメニティとFC契約を締結したのだ。
「加盟前は猛反対していた妻でしたが、私の固い決意を理解してくれてからは事務を一手
に引き受けて、ともに歩んでくれています」(岩崎)。

 ただ、サラリーマン時代にアメニティビジネスに携わってはいたものの、独立した以上
ゼロからのスタートだ。加盟金、保証金などの開業資金400万円は、預貯金で賄えたが、
運転資金の500万円は、当時の国民金融公庫から借り入れまでして新たなる一歩を踏み出
した。

                                   (つづく)

『FRANJA』(フランジャ)65号掲載 2011年10月17日発行

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