御手洗銀三のトイレコロジー
No.43 ケリをつける

 十月の三連休の最終日。
 孫に添い寝をしていて起き上がろうとしたその瞬間、私の腰に妻の膝蹴りが飛んできた。

 腰に激痛が走り、全く動くことが出来ない。わが身に何事が起こったかすら理解出来ず、痛みに七転八倒することもままならない。そのまま救急車で救急病院へ運ばれることとなった。
 レントゲンを診た医者の診断は「腰椎四番目の横突起骨折」で、「暫く安静に」とのこと。入院に至らなかったのは幸いだったが、家庭での療養を余儀なくされた。妻も仕事を休み、献身的な看病による「介護生活」が始まった。

 一九九〇年に「ハートビル法」が制定されて以降、公共機関ではバリアフリーが推進されているが、我が家は家中にバリア≠ェ張り巡らされている。    
 レンタルした車椅子での移動も制限だらけだ。
 仕事柄、トイレは一坪と広めに作ってあったものの扉が狭く、敷居の段差があるため車椅子では入れない。二本の杖にしがみついて用を足すしかなかった。座ることも立つことも、身体の向きをほんの少し変えるのですら、ガラスの破片が刺さるような腰部の痛みに息を呑みこともしばしばだった。

 今まで当たり前に利用していたトイレが、こんなに遠いものかと車椅子の生活で実感することになる。「この経験を生かし、新商品を開発した」と、格好のいい報告をしたかったが、そんな余裕は全く無かった。できれば、昔ヨーロッパの王朝時代にあった「オマル付きの王様の椅子」が欲しかった。

 妻の名誉のためになぜこのような惨事になったのかを説明しなければなるまい。「パパが起きようとしたので、台所にお茶を淹れに行こうとしたら、ちょっと躓いたのよ」(妻)。
 私には、背後の妻の表情を窺い知ることはできなかったが、「ちょっと躓いた」程度のもんじゃなかった。最初につま先で腰に蹴りを入れ、次に全体重をかけた膝蹴りと、二段構えの衝撃を感じたのだ。

 我が身に「思い当たる節」があるからそう思えるのか。
 思い返せば妻と結婚して四十余年。家庭を顧みず「仕事・しごと・シゴト」と外を飛び歩き、深夜の帰宅もしばしばの亭主に「もう齢なんだから、いい加減にしなさい!」と言葉ではなく身体に蹴り≠入れられたように思えてならないのだ。

 痛い事故(事件?)だったが、四十年余の妻の恨みにケリがついた≠ニ考えれば安いものである。

『FRANJA』(フランジャ)43号掲載 2007年12月15日発行

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