銀三からの手紙
銀三からの手紙 〜トイレビジネス50年の歩み〜
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神奈川アスター時代


はじめに 株式会社アメニティの前身である 株式会社東陽商会を昭和50年(1975年)に創業し、新たなるトイレビジネスを起こした。支えてくださった皆様のお陰で、有難いことに2025年12月に50周年を迎える事ができた。その50年の間に起きた事や記憶に残しておきたい事等を、できる限り正確に、東陽商会、そしてアメニティの今につながる山戸里志のトイレビジネス50年史として、書き留める機会をいただいたので、ここに綴っていく。

「何故ここまで続けることができたのか?」
「何故?トイレビジネスに着目したのか?」

これを後世に伝え、次の50年を迎える一助となることを願う。
どのようにして今のアメニティの社訓や社風に繋がっていったのか、先ずは私の若かりし頃、社会人になって間もなくの時期から話しを進める事が分かり易いと思う。

【神奈川アスター】
私は高校を卒業してすぐ、一会社員として働いていました。20歳を過ぎた頃には、神奈川アスター株式会社に勤めており、営業マネージャーの指導を受けながら、商店街への挨拶と金銭登録器(レジスター)の訪問販売に、専念しておりました。
5人乗りのライトバンで、運転手とMgr.の2人の他に、私を含め営業マン3人が乗り、毎日の営業活動を展開するのです。
当時、会社には4台の車輌が有りました。朝礼の挨拶を済ませてから4組の営業部隊が会社を出発します。

私の上司、国吉Mgr.は歳は私と変わらないくらいでしたが中々に優秀な方でした。目的地の商店街に到着すると、私を含めた3人の営業マンがあらゆる商店へ出向き、金銭登録器や電子計算器のデモンストレーションの了承を得るのです。デモの約束が取れれば、車内で待ち続けていた国吉Mgr.は、ほぼ100%お客様への販売につながるように話を進めてくれました。 また、国吉Mgr.は我々が不慣れな営業マンの時でも、まず実績第一を考えてくれ、成約できるように支えてくれました。だから、私は国吉Mgr. の話のコツなどを懸命に覚えました。何故、あれほどお客様が気持ち良く理解できるのか?についても徹底して研究していました。そこで得た教訓の一つに、「営業が上手な人達の共通点には、その商品の問題や欠点等も隠さずに話す事」というのがあります。嘘や偽りには信用を失くすという問題があり、長い目で見るとその問題が致命的になるからです。

とは言え、毎日の営業は必ずしも簡単では有りません。懸命にデモの約束取りをしても、当然上手くいかない時も有ります。そんな時に、国吉mgr.の凄いのは、その時間を時に遊びに使ってくれるのです。
横浜の高島屋の中に連れて行かれた時の事です。国吉mgr.が刑事役になり、私が捕まって歩く罪人役になって「旦那!済みません」と、小声で謝ったりしながら歩くのです。 店内の店員やお客さんは「何だろう?」と、訝しげな視線を感じながら・・・店内を闊歩するのでした。

また、別の日には、白昼堂々と人の居る前で、大声で喧嘩をする真似事をはじめたり、或いは、昼間に山歩きをしながら、やまかがし(ヘビの一種)を捕まえてきて、ポケットに入れておいて、歩いている女の子に道を聞きながら、ポケットの中の蛇を見せたりして、そんな遊びをしたこともありました。
営業が上手くいかない、誰でも落ち込んでしまう状況。そんな時の遊びは思い出しても吹き出してしまうようなものばかりでした。
しかしそんな遊びの後に、大事なことを教えてくれました。「セールスマンは敢えて恥ずかしい思いに堂々と向かう方が良いのだよ。」と。
恥は場合によっては勇気になる事もある!私の心に深く刻まれたのです。

私達の毎月の成績発表は、それなりに楽しいものでした。社長も全体を楽しくさせる為に、この日の夜は一緒になって、男だけの裸踊りで楽しんだり・・・とかです。
毎月の営業成績が発表されるうちに、社長の発表で「最近は、社長の私より給料を取る人がいます。山戸さんがその人です。」と社長から言われた褒め言葉は、私自身の営業マンとしての自信になり、毎月の営業成績発表を待ちどおしくなったものです。営業マンにとって競争の社会の刺激ほど気力を高めるものはないとも思いました。

私のアスターの社員として信用がついた頃、社命で大宮に赴任となりました。この時は、流石に女房を連れて行きましたが、長女の幸代は横浜の東希望ケ丘の自宅でお袋に預けて行くことになりました。
大宮の一軒家を借りて、新婚旅行以来の夫婦だけの生活となりました。本社にいれば夫婦2人の生活をすることはなかったと思います。社員は私の他に男女2人だけの小さな大宮営業所でした。神奈川アスターで大宮営業所というのも珍しい名称だったと思います。
取り敢えず、大宮の暗がりにいたヤマカガシを捕まえて、家に持ち帰り、表の柱にお蛇を繋ぐのを女房は最初から反対していましたが、結局、知らぬ間に蛇もいなくなっていました。大宮時代の楽しい思い出です。

こうした経験が私の営業マンとしての第一歩だったのです。

第1話:神奈川アスター時代

銀三からの手紙